- ホーム
- 分野から事例を探す【施設】
- 事例一覧
- 事例No.0646
事例No.0646
1.取組の背景
当事業所は精神障害者向けの就労継続支援B型事業所で、クロワッサンを中心としたパンおよび焼き菓子の製造・販売を中心にギャラリー併設のイートインカフェを運営している。そのほか、区役所や近隣の企業等での出張販売や納品、その他、清掃作業、各種軽作業、自主製品(布ぞうり)制作等を行っている。メンバー(利用者)の主体性を大切にし協力し合う関係作りをしながら事業を運営している。当事業所の職員は、所長(管理者)を含めてフルタイムの正職員が3名、パートタイム職員が7名の計10名であるが、正職員の業務負担が大きく、同法人の他の事業所(6事業所あり、いずれも精神障害福祉施設)ではほとんど残業が無いのに比べ、当事業所では正職員1人あたり毎月30時間程度の残業をしているという問題があった。正職員は昼食休憩も十分に取れない状況で、法人の他の職員からは「あの事業所には異動したくない」と囁かれていた。令和5年4月に異動してきた所長は、その要因として、メンバーの作業が多様であるため、一日のメンバーの工賃計算と毎月の賃金集計に多大な時間を費やしていることに着目し、その対策として障害福祉向け業務支援ソフトを導入した。しかし本業務支援ソフトにはメンバーの工賃計算に使えるメニューが無く、問題解決には至らなかった。
同法人事務局に介護労働安定センターの職員が訪問した際、当事業所の問題を相談したことを機に、生産性向上に詳しいITインストラクターを紹介され、雇用管理コンサルタント相談を受けながら、業務改善に取り組んだ。
2.取組の内容
コンサルタントから「業務改善」に取組む際の基本心得として、① 現状を客観的に把握し、職員が自身の課題として捉えること、② 現場の実状をふまえながら無理のない取り組みを行うこと、③ 目指すべき目的(ゴール)に至るプロセスが大切であること、等のアドバイスを受けて、以下の課題に取り組んだ。
(1)メンバーの工賃計算
購入した障害福祉向け業務支援ソフトは汎用性が低く「当該計算には適さない」とのコンサルタントの指摘を受け、別の方法を考えた。まず、工賃計算の基となる作業内容と単価の表を見ながら、職員から現状の集計作業について聴き取りを行い、要因分析を行った。その結果、時間がかかる要因として、① 作業単価×時間の組合せが多数で、かつその計算を特定の職員が一人で行なっている、② 作業内容と時間はメンバーが毎日提出する作業報告によって集計するが、記載忘れやミスが多く、後で職員がその確認に追われる、の2つが抽出され、対策として、① 作業単価リストをExcelに詳しい職員が作業内容毎にグループ化し分かり易く分類し、ソフトを作成して集計データの入力作業を簡易化した、② メンバーをサポートする職員が毎日の作業報告をその場で確認して入力ミス等を修正し、事後確認の手間を削減した、③ 集計作業手順をマニュアル化し、他の職員でも作業を共有できるようにした。
(2)障害福祉事業者向け業務支援ソフトの活用
メンバーの工賃計算には使えなかったが、このソフトウェア本来のメンバー情報のデータベース化機能についてコンサルタントのアドバイスを受け、職員にこの機能と活用方法について説明し、分担してメンバーの作業履歴や性向等の情報をアセスメントシートに登録することで、職員間で各メンバーに関するアセスメント情報を共有できるようになった。
(3)休憩が取りづらい状況
職員が休憩を取れない要因として、① 事業所スペースが狭く執務場所以外の休憩場所が確保できないため、各自の事務机で昼食を取っている、② 昼食休憩中でもメンバーが次の作業内容について事務所にいる職員に聞いてくる等の事情がヒヤリングで分かった。その対策として、次のことを実行した。
① 休憩場所の確保は最初法人へ要望したものの、直ぐの解決は難しかった、そうした中、コンサルタントから「5S」について解説を受けた職員が、現状の事業所でも全体の荷物を整理整頓すれば休憩スペースを作れるのではないかと提案し、各作業室ごとに不要物の整理、置き場所の見直し、全体レイアウトの変更を行った結果、職員が交替で昼食を取れる程度のスペースを作ることができた。
② 一日の事業所内の作業メニューのタイムスケジュールを時系列に並べ、正職員、パート職員ごとの業務分析を行った。その結果、作業メニューごとに職員の誰が担当するのか分担表を作成し、それを作業場や事務所に明示して、メンバーの一日の「作業メニュー」をどの職員か担当するか見ただけでわかるように「見える化」した。
(4)超過勤務について
(1)の工賃計算の合理化や、(3)メンバーの担当業務分担の「見える化」等で、特定の職員に集中していた業務を他の職員に分散することができ、正職員の業務負担を大幅に軽減できた。それに加えて、超過勤務を「事前申請制」を徹底し、職員の意識改革と「何の作業がどれだけ超過勤務となっているのか」を「見える化」し、中長期的に更なる業務改善に繋げられるようにした。
(5)その他の業務改善
① 朝早い作業(パンの納品等)があることから、これまで実施していなかった朝ミーティングを5分程度の短時間
でもよいから、毎日必ず開催するようにし、職員間の申し送りを徹底するようにした。その際、申し送りは「量」
が多すぎると、肝心の情報が欠落してしまう(うまく伝わらない)リスクがあることから、「簡潔、手短に」の申し
送りルールを全員で意識し、遵守するようにした。
②「1人×5分」が積み重なると、全体では大きなコストとなることを実例データ等で示し、職員全員で「コスト意識」
を共通認識とした。
③ 事業所内で「誰が決めたかわからない謎のルール」が多く見られた。職場のルールを管理していないことに起因して
おり、「根拠がわからないルールは撤廃する」「実情に合わないルールは変更する」ように職員に周知し、職場ルール
の管理台帳を作った。
3.取組の効果(改善点)
上記の一連の改善取組によって、課題であった正職員の毎月30時間近い残業は、大幅に削減でき、月数時間程度に収まるようになった。特に工賃集計業務について業務手順のマニュアル化と、職員の業務分析によって作業メニューの担当の分担化及びその「見える化」を行ったことで、正職員に集中していた業務をパートタイム職員にも委譲できるようになった。また「職員が十分な休憩が取れない」問題も、懸案であった「休憩スペースの確保」を自らの改善提案によって新たな投資をすることなく解決できた。これまで短絡的に「生産性向上」イコール「ICT化」と考えていたことが、実はお金をかけなくても職員自らの「知恵」と「工夫」で身近な「業務改善」ができ、その積み重ねが「生産性向上」に繋がることを体験した効果は非常に大きい。「生産性向上」は上からの指示で行うものではなく、自分たちの手で職場を良くすることができるという経験を経て、ミーティング等で職員からいろいろな提案がされるようになり、職場のコミュニケーションも向上し、メンバーを含めて職場の連帯感が高まった。